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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6518号 判決

原告 株式会社 日証

右代表者代表取締役 高室修

右訴訟代理人弁護士 成毛由和

被告 篠崎明治

〈ほか七名〉

右被告八名訴訟代理人弁護士 平田達雄

同 山本博

被告 山下友之助

右訴訟代理人弁護士 新谷春吉

主文

被告篠崎は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年四月二日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。

被告篠崎に対するその余の請求及びその他の被告等に対する請求はいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を被告篠崎の、その一を原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、「被告等は各自原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年四月二日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、被告篠崎は、電気通信施設等の工事請負等を目的とする訴外明治電気通信建設株式会社(以下単に訴外会社というときは同会社を指すものとする。)の代表取締役、被告久保は専務取締役、同豊島は経理担当取締役、同田代は常務取締役、その他の被告はいずれも取締役の地位にあるものである。

二、ところで訴外会社は次の(1)ないし(3)の約束手形三通(以下一括して単に本件手形という。)を振出した。

(1)  金額   金一五〇万円

満期   昭和四〇年三月二二日

支払地  東京都目黒区

支払場所 株式会社第一銀行自由ヶ丘支店

振出地  東京都品川区

振出日  昭和三九年一二月二二日

振出人  明治電気通信建設株式会社

受取人  大同建設株式会社

(2)  記載事項はすべて(1)の手形と同じ

(3)  金額  金二〇〇万円

満期  昭和四〇年四月一日

受取人 旭電設株式会社

その他の記載事項(1)の手形と同じ

(1)、(2)の手形には、受取人大同建設株式会社名義の白地式裏書の記載があり、(3)の手形には、その第一裏書欄に受取人旭電設株式会社名義の、第二裏書人欄に有限会社昭電社名義の各白地式裏書の記載がある。

三、原告は、本件手形の現所持人であり、これらをそれぞれの満期に支払のため支払場所に呈示したが、いずれも取引停止処分後の理由で支払を拒絶された。

四、故に原告は訴外会社に対し、本件手形金及びこれに対する法定利息の支払を請求しうるわけであるが、同社が後述のとおり多額の負債と欠損を残して昭和四〇年二月一日に不渡手形を出し、取引停止処分を受けて倒産し、当庁に破産宣告の申立がなされ、現在では無担保債権の引当となるべき資産は皆無に等しい状態なので、原告が右債権の一部についてすらもその支払を受けえられる見込は殆どなく、現に同社に対する債権者委員会からは一円の配当もなされていない状態である。故に原告は、本件手形金に相当する損害を蒙ったことになる。

五、(一) 同社の昭和三八年四月一日以降昭和三九年三月三一日までの損益勘定は前期からの繰越欠損が金八、六九三、〇七三円であるのに対し、右期間内の利益が金二、八六九、一〇四円にすぎず、結局次期に繰越された欠損が金五八二万円余となっている。

(二) このような状態はその後も改善されなかった。同社の固定資産には殆どすべてについて担保権が設定されていたためこれによって融資を受けることはできなかったし、流動資産が少なかったため、昭和三九年一二月頃同社では約一、三〇〇万円もの資金不足にあえいでいた。現に、翌年一月初旬には、不渡手形を出しているのである。

六、そのため、昭和三九年一二月二〇日頃被告篠崎は、同久保、同田代及び同豊島等三名の取締役と相談の上、他から電信電話債券を入手しこれを日本電信電話公社(以下単に公社という。)に差入れて工事代金の前渡を受けようと考え、右債券と交換するために本件手形を振出したのであるが、実は本件手形を満期に決済しうる見込は右振出の当時ですら殆どなかったのである。

即ち、同社の昭和四〇年一月末日における資産及び負債の内訳をみてみると、資産が土地、建物の約一億四、〇〇〇万円、定期預金の約一億円など合計金四億一、五九六万円余であるのに対し、負債が借入金約一億八、〇〇〇万円余、支払手形約三億二、六〇〇万円余、先付小切手約一、二〇〇万円余及び未払金約三、七〇〇万円余の合計金五億五、五四八万円余であって、これによって明かなように負債の方が約一億四、〇〇〇万円も多い状態であったし、その後同年二月に入ってから公社の斡旋により同業の訴外日本通信建設株式会社及び同協和電設株式会社の両社から金八、四〇八万円もの資金援助を受けながらも、これが停止すると間もなく倒産してしまった事実に照して本件手形に支払可能性のなかったことが明かなのである。

前記の被告四名は、右のごとき資金状況のもとで本件手形の振出を決したのであるから故意又は少くとも重大な過失により原告に損害を与えたものであり、その他の被告五名は、取締役として本件手形の振出を阻止するなどの監視義務があるのに、これを尽さなかった重大な過失がある。

七、又原告が本件手形の割引を依頼された際、本件(1)、(2)の手形については、原告会社の調査部員泉谷が昭和三九年一二月二四日訴外会社に電話による照会をなし、その経理部員井上某(女子)からこれが土木工事の下請検収分として振出したものである旨の回答をえ、本件(3)の手形については、同じく原告会社の調査員溝口が翌二五日右訴外会社に電話照会をなし、その経理部員豊島某からこれが外註電機工事済分の支払の為振出されたものである旨の回答をえて、しかる後に本件手形の割引依頼に応じたのである。これらの回答はいずれも虚偽のものである。もし事実の回答をえていたら原告において割引をしなかった筈である。

被告等は、右訴外会社の取締役として社員の行為について監督義務があるのに、重大な過失によりこれを怠り社員に右のごとき虚偽の回答をさせたのであるから、この点においても原告に対する賠償義務を免れえないのである。

八、よって原告は被告等に対し、本件手形金に相当する損害金五〇〇万円及びこれに対する最後の満期の翌日たる昭和四〇年四月二日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

と述べ(た)。

証拠≪省略≫

第二、被告篠崎、同久保、同豊島、同田代、同滝田、同神原、同斎藤及び同人見以上八名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因第一項ないし第三項の事実、第五項(一)の事実及び訴外会社が通建、協和の両社から資金援助を受けた事実は認めるが、本件手形振出の際にはこれが不渡になるとか、或いは訴外会社が倒産するとかいう事態は全く予想だにできなかったことである。即ち訴外会社は、公社の認定業者として年間工事量の九九%以上を公社から受註している関係上、工事代金の未収ということは殆どありえない会社であるところ、ただ、昭和三八年度には電話料金改訂による公社の減収から受註額従って又収益額が減少したし、逆に昭和三九年になってからオリンピック関係工事の受註が激増したことに伴って投下資金額も増加し、かつ、同年一〇月頃オリンピック開催期間を含む一ヶ月間都内における道路工事が禁止されたため、同年一二月頃には一時的に資金繰が苦しくなったが、当時の手持工事量は金額にして約二億円、年度内の入金見込は約二億五、〇〇〇万円にものぼっていたのであって(この支払が確実なことは前述のとおり)、年度末には資金事情も一応正常に復する見通が立っていたのである。ところが、昭和四〇年一月初め頃訴外会社が資金手配の手違いから不渡手形を出したため、不渡処分を免れるための処置はただちにとられたものの、下請業者等の警戒を招いて、従来手形決済によっていた下請代金の支払を現金でしなければならなくなり、資金事情が急激に悪化したので、同年下旬頃公社との間で手持工事の処置について相談したところ、公社においては、訴外会社の資産状態を検討した結果、手持工事返上の必要なしとして従来どおり工事を続行させることとなった。そして、資金事情が正常に復する年度明までの間、公社の要望により同じ認定業者である通建、協和の両社から資金援助がえられることとなり、同年二月九日以降は手形の決済も順調に行なわれ当面の急場をしのぐ確実な見通しが立っていたので、被告篠崎等としては通建、協和両社を信頼して資金繰問題への関与を差控えていたところ、同月二五日何の予告もなく全く突然に資金援助を打切られたため、満期が間近に迫っていた手形の決済資金を手配できず、又当時進行中の工事も中止を余儀なくされ、その結果既に完成している工事代金についてまで公社が支払を一時停止するに及んで訴外会社の工事継続は殆ど不可能となり、本件手形の不渡という結果が生じたのである。

以上を要約すると、本件手形が不渡となったのは、専ら振出後において不測の事故が積重なったことによるのであるから、被告篠崎を除くその余の被告等については勿論のこと、被告篠崎についても右不渡の結果に関して故意又は重過失を肯認できる筋合ではない。更に被告篠崎を除くその余の被告等は代表権を有しない単なる取締役であって、取締役会を通じて基本的な業務決定に関与しうるにすぎないところ、一般に株式会社における手形の振出は代表取締役の権限に委ねられており、振出の都度取締役会の決議を経ることは法律上不要であり、実際上も行なわれていないのであるから、右被告等に責任のないことは一層明白である。よって原告の請求は失当である。」と述べ(た)。

証拠 ≪省略≫

第三、被告山下訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「被告山下は、昭和三九年八月二五日訴外会社代表取締役篠崎明治に対して同社の取締役を辞任する旨の辞表を提出して受理されたものであるが、その旨の登記がなされないため登記簿上その地位にあるかのごとき外形が残っているのにすぎない。従って被告山下は、本件手形の振出に関与していないのは勿論、その前後における訴外会社の資産、資金関係の状況についても全く知る由もないのである(ただ、訴外会社が昭和四〇年二月三日(原告主張の同月一日でなく)に銀行取引停止処分を受けたことは事実である。)。故に原告の請求は失当である。」と答え(た)。

証拠 ≪省略≫

理由

一、訴外会社が本件手形を振出したこと、その裏書欄にそれぞれ原告主張のとおりの白地式裏書の記載があること、原告が本件手形をいずれもその満期に支払のため支払場所に呈示したが取引停止処分後の理由で支払拒絶を受けたこと及び原告が現に本件手形を所持することは、被告山下を除くその余の被告等と原告との間に争いがなく、被告山下に対する関係でも、この争いがないという事実そのものと訴外会社が原告からの本件手形金請求を認諾した事実(これは当裁判所に顕著である。)とからして認めうるところであるから、原告が訴外会社に対して本件手形金及びこれに対する法定利息の支払を求めうることは明らである。

二、次に原告主張の損害が生じているかどうかの点について判断する。≪証拠省略≫を綜合すると、訴外会社は昭和四〇年三月一日頃不渡手形を出し同月三日頃取引停止処分を受けて倒産したが、それ以前の同年一月末を基準時として資産及び負債の状況をみてみるのに、資金が約五億円前後(この数字は、甲第四号証の二に記載されている約四億一、五〇〇万円余から被告篠崎個人名義の宅地の簿価四、九七六万円余を控除した後に、これに当時の出来高分約一億円と土地、建物の値上評価分を加算したもの)であるのに対し、負債が約五億五、五〇〇万円余であり、右倒産の当時においてもほぼ同じ状況であったこと、ただ、資産のうち土地、建物については殆ど価格全額に達するまでの担保物権が設定され、約一億円余の定期預金は銀行等によって相殺の用に供され、その他の機械、工具、備品等は倒産の結果として簿価よりも大巾に下廻って評価されるのを免れえず、結局原告等無担保債権者に対して配分されるのはそれぞれの債権額の二〇%になる見込であることが認められ、これを動かすだけの証拠はない。従って、原告が蒙った損害額は本件手形金の八〇%に相当する金四〇〇万円であるということになる。

三、被告篠崎が訴外会社の代表取締役、被告久保が専務取締役、同田代が常務取締役、同豊島、同滝田、同神原、同斎藤、同人見の五名が取締役(なお被告豊島は経理担当)であることは右の被告等と原告との間に争いがないから、右被告等について商法第二六六条の三(以下単に本条という。)の要件充足が認められるとすれば、同被告等は原告に対して前記損害の賠償義務を負うこととなる筋合である(被告山下についてはしばらくおく。)。故にまず、右の要件について考察する必要がある。この点に関し、本条の商法規定中における位置、本条の「第三者ニ対シテモ亦」とある文言及び同法第一九三条(発起人の損害賠償責任に関する規定)との対比等を理由に、本条が適用されるためにはまず取締役が会社に対して損害賠償義務を負うこと、即ち会社に損害の生ずることが前提要件であるとし、更にこのこととの相互関係において、本条の「取締役が其ノ職務ヲ行フニ付悪意又ハ重大ナル過失アリタルトキ」とは、取締役が任務を懈怠したこと、つまり法令、定款に違反し、あるいは広く会社に対する善管注意義務及び忠実義務に違背したことについて悪意又は重過失の存することを指すものであると解する見解があり、有力であるけれども、具体的な適用を考えるとこれに疑問がない訳ではない。即ち、右の見解を採用するとすれば、本条が適用される典型的な場合は、右任務懈怠の結果として会社の一般財産が減少し債務超過の状態となって第三者(会社債権者)がその債権の満足をえられずに損害を蒙むる場合ということになるのであるが、逆に、このような債務超過の状態を基準としそこから遡ってこれに至らしめた因子をたずねると、一般的にはおそらく複数の取締役が個々的に、あるいは同一の取締役が反復してなしたあまたの任務懈怠のほか、不可避的な天然現象とか経済情勢の変動などが複合又は累積していて、果してその中の何が右の結果の真の原因であるのか、換言すれば、右の結果に対して相当因果関係の系列に属する原因事実が何であるかを究明するのに非常な困難を伴うことが予想され、仮にこれをなしえて、当該取締役の任務懈怠がこれにあたることを明らかにしたとしても、このような一般の場合には、今度は右取締役の会社に対する損害賠償額を決定することが必ずしも容易なことではないので、多くの場合本条によって第三者(会社債権者)を救済することを拒否する結果になりかねないからである。かように考えてくると、前記の見解は少くとも実用性の面では価値に乏しく採用しがたいものであるといわなければならない。そこで当裁判所としては、前記の文言を「取締役がその職務、即ち会社の業務に関する意思決定、その執行及び会社代表をなすについて、そのことにより会社に対する第三者の債権を満足させえない状態となることを知っていたか、又は知らないことに重過失のあるとき」の意に解し、ただ、右債権の範囲を一応職務行為の当時既に成立していたもの及び職務行為と同時にこれに伴って発生した会社債務に対応する債権だけに限定し、それ以後に成立した債権についてはこの成立を予見し又は予見可能であった場合だけこれに含ましめるのが相当であると考える(右のごとき会社債務を発生させたことにより会社に損害を与えたとすれば、それは多くの場合同時に当該取締役の任務懈怠を伴っているであろうから、この場合にはその取締役が会社に対し、会社が第三者に弁済した債務をその限度で賠償するほか、まさに「第三者に対しても亦」第三者が会社から満足をえられなかった部分を補填すべきこととなるであろうけれども、会社に対する賠償義務と第三者に対するそれとはその発生原因と数額とを異にするものであると考える。前記の見解はこの点をいわば債権者代位的に把握しようとしているが、相当でない。)。

四、本条を右のごとく理解することとし、まず事実関係を調べてみるのに、≪証拠省略≫を綜合すれば、

(一)  訴外会社の昭和三八年四月一日以降昭和三九年三月三一日までの間の損益勘定が金五二八万円余の赤字となって次期に繰越しとなったこと(この事実は、被告山下を除くその余の被告等と原告との間に争いがない。)

(二)  昭和三九年四月以降は資金繰の面でやや持直した時期もあったが、同年秋のオリンピック開催期間を中にした約一ヶ月半の間、訴外会社ではその手持全工事量の約四〇%にあたる東京都内での工事を禁止され、その結果として出来高がのびずこれに応じて入金が減少したため、同年の一一月及び一二月の二ヶ月間は極度の資金不足に悩まされたこと

(三)  右の当時における訴外会社の資産及び負債の状況は、先にみた昭和四〇年一月末当時のそれと大綱において同様であること

(四)  以上のような状況下において、訴外会社の代表取締役である被告篠崎は、この急場を切抜けるためには他から電信電話債券を入手して公社に差入れ、これを担保に公社から工事代金の前渡を受ける以外に方法がないと判断し、この入手工作をその知己である訴外金子要に依頼することとし、一応この旨を専務取締役である被告久保、常務取締役である被告田代(この両名は技術及び工事面を担当していた。)及び経理担当取締役である被告豊島にはかった上、同年一二月二二日頃被告豊島に命じて右債券入手に必要な本件手形を含む二〇数通の約束手形(金額にして合計金三、〇〇〇万円)を振出したのであるが、これら全部を大阪で詐取されて右の債券入手に失敗したこと

(五)  これらの事実が累積した結果、ついに同月末訴外会社の手形が不渡となり、翌昭和四〇年一月初めにその買戻をして取引停止処分を受けることだけは免れたものの、下請業者等の不安を招いて爾来すべて現金決済を余儀なくされ、業態が更に悪化したこと

(六)  そこで公社の斡旋により、訴外日本通信建設株式会社及び同協和電設株式会社の両社が資金面の援助をすることになり、同年二月九日以降同日の約八〇〇万円を手はじめにその後の約二週間ほどの間に合計金八、四〇八万円の資金が訴外会社に貸与されたが、訴外会社の倒産を防止するためには更にこの二倍余もの資金援助をその後の比較的短期間内になすべき必要が見込まれていたこと

(七)  右の援助が同月二五日に打切られてからは、これが何等の予告なしに突然なされたために対策を講ずるいとまがなかったことも一つの契機となっているけれども、訴外会社はその四日後の同年三月一日頃再び不渡手形を出し、同月三日頃あえなく倒産するに至ったこと

これらの事実を認めることができ、これを左右するだけの証拠はない。

五、前項認定の事実からすれば、まず被告篠崎は、訴外会社の代表者として本件手形等を振出すについて、本件手形の取得者がその満期に本件手形金債権の満足を受けられなくなることを知っていたか、又は知っていなかったとしてもそこに重過失があったというべきであるから、原告の蒙った前記損害を賠償しなければならないものである(もっとも、≪証拠省略≫によれば、被告篠崎等は、本件手形が振出された昭和三九年一二月下旬当時において、翌昭和四〇年一月に約四、一〇〇万円余、同年二月に約五、三〇〇万円余、同年三月に約七、五〇〇万円、同年四月に約三、五〇〇万円余の各入金予想を立てていたことを認めうるし、又前記認定の事実からもうかがわれるように、本件手形の振出後二、三の事故が発生したため倒産が早期に訪れたという見方をなしえないではないが、まず右の入金予想が単なる期待にすぎないことは明らかであり、又これらの事故がなかったとしても結局において早晩倒産を免れえず、かつ、本件手形金債権を満足させえなかった事情を認めうるから、右の各事実をもってしても前記の結論を動かしうるものではないと考える。)。

次に、被告久保、同田代及び同豊島の三名について考えるのに、この三名が本件手形の振出について被告篠崎から相談を受けたことは前示のとおりであるが、前掲各本人尋問の結果によれば、被告豊島は前記の金子要が本件手形等詐取の嫌疑をかけられている訴外善棚弘太郎と関係があることを理由に右手形の行方に危惧を抱いてこの振出に反対したものの、昭和四年に個人事業として創業し、昭和二四年頃会社組織に変更してからも引続いて代表者となっていた被告篠崎の強力な主張に押切られてやむなく本件手形等を作成したのであること及び被告久保、同田代の両名も自身が専ら技術、工事面だけを担当していたことと右のごとき被告篠崎との力関係もあって、「社長がそこまで一生懸命になっているのなら」ということで被告篠崎の言を信じそれに同調したことが認められるので、このような事情のもとでは、右三名の被告等に対して被告篠崎が主張する本件手形等の振出を阻止するように期待することは無理であり、ひいては本件手形等の振出という職務を行なったのは被告篠崎唯一人だけであるとみなければならないから、右三名の被告等についてその悪意、重過失を論ずるまでもなく、同人等に対しては本条による責任を問いえないというべきである。

被告久保、同田代及び同豊島に関する結論が右のごとくである以上、被告山下を含むその余の被告等が本件手形の振出に関与した事実の主張も立証もなされていない本件では、右の被告等についても又本条の責任を問いえないことは明らかである。(なお、原告主張の監視義務とか監督義務とかは、本条を前示のように解する以上、問題となりえないことであると考える。)

六、よって、原告の請求は、被告篠崎に対して本件手形金のうちの金四〇〇万円と同額の損害金及びこれに対する最後の満期の翌日たる昭和四〇年四月二日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、この正当な部分を認容し、他を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言の申立については、これをなすのを不相当と認めて却下する。

(裁判官 小林啓二)

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